会社員は、お金だけでなく時間も「ピンハネ」されている?

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よく「給料の3倍稼いで一人前」と言われます。これは社員を雇うためには給料以外に様々な経費を会社は負担しているのだから、最低でも給料の3倍くらいは稼いでくれないと経営が成り立たないという意味で、主に経営者サイドから社員に向けた叱咤激励という形で使われているようです。

「給料の3倍稼いで一人前」が意味するところ

一方、この言葉を社員の立場から見てみるとどうでしょうか?例えば、年収1,000万円の会社員がいて、彼が仮に「一人前」であると仮定するならば、少なくとも3,000万円は稼いでいることになるが、彼に支給されている給与は稼いだ額から諸々の経費として2,000万円を差し引かれた残額であるということになります。

業種や社内での社員の立場によって、この倍率が3倍ではなく2.7倍、いや3.5倍だという場合もあるかもしれません。様々な条件によって倍率は異なってくるでしょう。また、差し引かれる経費には交通費や事務所の光熱費等の経費や社員と折半している社会保険料等の法定福利費も含まれているでしょうから、経費の全てが会社の取り分ということではもちろんありません。

しかし、会社という資本を維持・成長させるために、そして会社を保有する資本家に配当という形で利益を還元するためにも、稼ぎの多くが使われていることは間違いありません。つまり、差し引かれる経費の中には、雇われている社員という立場から見たときには、いわゆる「ピンハネ」分もあるということになります。まあ、これは雇われ仕事をしている人なら誰でも意識していることでしょう。

会社員はお金だけでなく、時間も「ピンハネ」されている

お金のピンハネについては多くの人が敏感に意識していると思いますが、さらに、サービス残業をやらざるを得ない会社員はお金だけでなく、時間も「ピンハネ」されていることになります。まだ稼げない若い頃には仕事を覚え自分の能力を磨き一人前になるという意味はあるかもしれません。いわば「授業料」です。

独立を視野に入れ自分で稼げる実力を付けようという人にはそれもありでしょう。しかし、一人前に稼げるようになった後も会社員としてサービス残業を続けることに意味はあるのでしょうか。それでは社畜と言われても仕方がない?それとも慈愛精神あふれるボランティア?

そして、サービス残業が全く無い場合でも、会社員の時間の多くが実は「ピンハネ」されているように私には思われて仕方がありません。たとえ会社が定めた勤務時間が1日8時間であり、残業を全くしない場合でさえも。

普通の人にとって、1日のうちで最も活動に適した時間帯は、朝食後から夕食前までの10~12時間程度でしょう。この時間帯のほとんどを、通勤も含めた仕事で占められてしまうということは、その1日の活動時間の大半は仕事に費やすということになります。

早朝と夜の時間は自由ではないかという声も聞こえてきますが、それらの時間帯も仕事をしていないからといって全く自分の自由になるという訳にはいきません。当日・翌日の仕事のための様々な準備や、仕事に支障が出ないように体調を整えたりすることにも時間は使われています。

会社員は「勤務時間の3倍働いて一人前」?

さらに勤務時間以外の自由な時間においても仕事上の心配事でずっと頭が占められているならば、そして「明日の仕事に差し支えるから、今夜は早めに寝よう」と考えるならば、睡眠時間でさえも仕事のためにあるわけで、1日24時間のほとんどが仕事のためにあるようなものと言っても過言ではないでしょう。

つまり、その場合、雇われ仕事による物理的な拘束時間は8時間であるけれど、精神的にはその3倍の24時間拘束されているのと同等なことになる訳です。会社員は、「給料の3倍稼いで一人前」というだけはでなく、「勤務時間の3倍働いて一人前」ということにもなるでしょうか?

リゲインではありませんが「24時間戦えますか」の世界。そういえば、「365日24時間死ぬまで働け」と社員に呼び掛けていた有名な経営者もいたような?

それでも、自分の裁量でやりたいことをやっているならば、24時間戦うことは本望でしょう。突き詰めれば、問題は時間ではなく、そこに自分の裁量があるかどうか、自分の裁量で働いているのかどうかということになります。

しかし、会社員という立場で与えられる裁量には限りがあり、自分の裁量で思うようにやりたい人が、いつまでも会社員という不自由な立場に甘んじていることなどありえず、さっさと独立して自分のやりたいことをやっているはずです。

会社員、そして正社員であることは、社会的に安定した立場であると考えられています。賃貸住宅や住宅ローン、クレジットカード等の契約においても、一定の収入がある正社員であれば、スムーズに行うことが出来るでしょう。

安定の代償は小さくない

ただ、そのためには大きな代償を払っているということ、つまり自分の時間のほとんどを自分でコントロール出来ない状態に置かれているということをはっきりと自覚した時に、私の早期リタイアへの意識はより明確になっていったように思います。

もし、もっと若い時に、ほとんど貯金も無かった頃に、会社員が置かれている不自由な立場をはっきりと自覚してしまっていたとしたら、今頃は自分はどうなっていたのか。リタイア出来る資産などなく、早期リタイアという意識もありませんでしたから、自分の裁量で出来る仕事を模索していたのかもしれません。それはそれで苦労していたのかも。

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